スーさんの山ある記

自身の山歩き人生を顧みる

2022年8月 新穂高温泉~笠ヶ岳2897m

天気が良ければ槍穂高の大展望の筈が

 今年はコロナ禍に入り3年目となった。これまで感染拡大と収束を繰り返してきたが毒性が弱まったこともあり、少しはコロナに対する恐怖心も薄らいだ。昨年あたりから殆んどの山小屋も感染対策をしながら営業している。そこで今年は久々に山小屋利用で夏山に挑むことにした。

 今年の夏山を選ぶにあたりやり残した山があった。5年前新穂高から鏡平経由で笠ヶ岳を目指したが、途中でミツバチの大群に襲われて頭部を何ヶ所も刺され急遽下山して病院に行ったことがある。それ以来笠ヶ岳には再挑戦していない。

 実は今回登頂すれば記念すべき登山となる。百名山はちょうど半分の50座目となり日本アルプス百名山は全て登った事になる。年齢的にも最後のチャンスかと前向きにとらえ思いきって挑戦することにした。

 笠ヶ岳を目指すには鏡平経由か笠新道を登るかどちらかになるが、はっきり言ってそのどちらも大変そうだ。鏡平経由は稜線に出てからのアップダウンが激しく、笠新道は標高差の大きい急登が続く。迷った末今回は笠新道を登るコースを選んだ。とりあえず稜線まで上がれば何とかなるだろうと賭けに出た。

             出典:昭文社 山と高原地図

1日目 新穂高温泉~わさび平小屋

 新穂高温泉には今まで何度も来ているが、いつも車が一杯で随分離れたところに置くことになる。そこで今回は下山後に宿泊する平湯温泉の宿に車を置かせてもらい、そこからバスで新穂高温泉に入った。

 新穂高温泉には昼過ぎに着いた。わさび平小屋までの林道は距離は短いが登りが続くので意外と疲れる。この林道を歩くのもこれで何回めだろう。明日登る笠新道の登山口を過ぎわさび平小屋に着いた。

 夕食までは外の空気を吸いながら写真を撮ったり他の登山者と話したりして過ごした。近くにいた女性登山者に明日笠新道を登ることを話したら「私も昔登ったけどもう二度と登りたくない」と言っていた。そんなにきついのか。少し不安がよぎる。

登山基地のわさび平小屋

わさび平小屋は水が豊富で便利だ

2日目 わさび平小屋~笠新道登山口~杓子平~笠新道分岐~笠ヶ岳山荘

 山小屋の朝は早い。自分もかなり早起きしたつもりだが既に多くの登山者は出発していた。自分が山小屋に泊まると大体こういうパターンになる。昨日歩いてきた林道を少し戻り笠新道の登山口に着く。ここで一旦ザックを降ろしストレッチを始める。ここから先は自分にとっては未知のコースだ。心のスイッチを切り替え登山を開始した。

 登り始めて直に対岸の槍穂高の展望が得られた。天気も良い。今回の目的の一つは朝と夕方山頂からの大パノラマをカメラに収めることだ。期待に心が弾む。

 杓子平まではつづら折れの急登がひたすら続く。笠新道は一部道が荒れているところがある。特にトラバース道で巨岩を乗り越える箇所は緊張する。岩が滑ったら谷側に滑落する。ここはロープが欲しいところだ。

 杓子平は広々として気持ちが良い。もしここに山小屋があれば笠ヶ岳登山も随分楽になるし安心して登れるのだが。ここまでで体力の八割がたを使い切り後は何度も休憩しながら稜線を目指す。天気も次第に怪しくなり稜線に出る頃には完全に雲の中に入ってしまった。

 笠新道分岐から小屋までも意外と長く感じた。途中から霧雨となり遂に雨具も出した。それでも風は弱いので救われた。小屋に着いた時には昨日の女性登山者の言葉を思い出した。小屋から山頂までは近い。この日山頂に行くかどうするか迷ったが明日の天気を期待してゆっくり休息した。

      笠新道の登山口

              笠新道の途中から撮影

           展望の良い杓子平、ここまでが長い

            笠新道分岐    笠ヶ岳山荘に到着

          テント場は遠い             小屋から山頂は近い

3日目 笠ヶ岳山荘~笠ヶ岳山頂~笠ヶ岳山荘~笠新道分岐~杓子平~笠新道登山口~新穂高温泉

 朝起きると他の登山者は雨具を着て出発準備をしていた。外に出てみると昨日よりも天気は悪い。雨に濡れて山頂から降りてきた人もいる。昨日山頂に行けばよかったと思っても後の祭りだ。ここまで来ていれば山頂に行かないという選択肢はない。前回の奥茶臼山登山を途中で断念しているので今回は意地でも登頂したかった。

 カメラを濡らしたくないのでスマホ一台をポケットに入れて出発。山頂は雲の中で視界はゼロ。とりあえず証拠写真だけは撮らねば。日本百名山の五十座目を達成し日本アルプス百名山は全て制覇した。百名山を目標にしている訳ではないが切りのいい数字で気持ちがいい。暫く感慨に耽った。

 小屋に戻ると殆んどの登山者は出発していた。自分もお世話になった山小屋との別れを惜しみつつ出発した。もうここに来ることはないだろう。後は無事に下山するのみ。「最後まで気を抜くな」「何事も九分九厘をもって半ばとする」などと自分に言い聞かせながら昨日登った長い道のりを下る。

 ところが下山途中に思わぬアクシデントがあった。登山道の端に足を置いた途端、土が抜け落ちて2m程滑落したが密生している笹に引っ掛かって止まった。雨で土が緩くなっていたのだ。幸いに大した怪我はせずに済んだ。

 気が付くと携帯電話のバッテリーが残り少なくなっていた。充電用のバッテリーパックも使い切っていた。登山用アプリを使っていたが緊急時の連絡用に備え下山まで電源を切ることにした。

 うんざりする程の長い下りの後やっと登山口まで降りた。下山途中殆んど登山者には会わなかったが林道に出ると鏡平方面から降りてくる登山者は大勢いた。

 結局天気に恵まれたのは登りの前半だけであった。山頂からの大パノラマをカメラに収めるという当初の目的は果たせなかったが、それでも登頂出来た歓びの方が遥かに大きい。このコースは誰でも簡単に登れるコースではない。この年になって良くやったと自分で自分を誉めてやりたい気分になった。

 新穂高温泉のバス停で帰りのバスを待っていると一昨日の女性登山者に会ったので「私も笠新道は二度と登りたくないです。」と言ってやった。

              山頂は雲の中で展望なし

    笠ヶ岳山荘の内部          抜戸岩、狭い岩の間を通る      

                              最後に雷鳥を見た

 

 この日は平湯温泉に宿泊して疲れを癒した。風呂に入り畳の上で大の字になると自分がもぬけの殻になった。全てが燃え尽きた感じがした。今日はもう何もしたくない。

 一夜明けて後は帰るだけとなり時間も充分あるので付近を散策した。近くの土産物店に入ると大層可愛らしい顔立ちをしたこけしを売っていた。急にある人のことが脳裏に浮かび会いたくなってきた。そうだ、これをお土産に買って帰ろう。